牛飼いの夏

ちくまヶ丘農場が舞台となった小説 待望の初短編集

写真  農場で悩まされている夏のお客様「うちの大将」。後にテレビ数番組で取り上げていただき、「黒みつ熊」と命名されたその熊と私達の毎日。解決策は…
 小説の中では「たえみつ牛」として登場しております。そして私達スタッフ、当時熊と闘っていた愛犬グレートピレニーズのランもモデルです。なにより、この黒みつ牛が育まれる山も川も風すら、自然も全てがモデルです。
 2010年文芸誌「北の文学」でも高評価を頂いておりましたが、今回満を持して待望の初短編集。
   
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   著  書 : 村井直衛 著
   出版社 : 盛岡出版コミュニティー
   発売日 : 2015年11月

奴がいる。円錐形に堆積している配合飼料の山の向こうで、またひとまわり大きくなった黒い塊がこちらを見ている。もう、今年は優に百キロを超えているだろう。普通の熊より大きくて幅の広い喉の月の輪…間違いなく「うちの大将」だ。……(本文より)
 一晩にして配合飼料の山を。その向こうでコロコロと愛嬌のあるしぐさ。時には飼料タンクのハシゴを登り固く閉められているフックを外し、中を物色。どうやら特定の飼料が好物のようである。栄養に偏りが出てはいけないと、好物の飼料の上に他の飼料をふりかけてみた。これじゃないと言わんばかりに大暴れをされた。色々策を講ずるも、窓ガラスを端から割られ、窓枠も押し潰され、牛舎の柱も曲げられる始末。毎日熊の食いぶちを用意する事で打開することとした。
 牛舎への出入りも軽くヒョイと一飛び。ある日牛が窓を一斉に注視。つられて振り返ると窓辺に熊が。立ち上がってこちらを覗き込んでいるその熊の姿はおよそ2メートルはあろうか。肩越しの熊との距離20センチ。ピンチである。熊も驚いたようで大きなクリっとした目が一層大きくなった。咄嗟に両の手でパンと叩いた。熊も申し訳無さそうに後退。汗ばんだ手のひらを開けると、熊の黒い毛が残されていた。後でDNA鑑定に出そう。
 黒い犬がウロウロ彷徨っている。どこから来たのか、ラブラドール?新しい犬に会える楽しさで近寄ってみると、出荷間近の牛舎を行ったり来たり。声をかけたら猪突猛進。疾風の如く足先20センチを駆け抜けた。牙が見えた。子熊と認識するまでしばらくの時間を要した。母熊とはぐれ、牛を親だと勘違いし、たくさんいる牛の中から親を探しだそうとしていたのだろうか。手を差し出したのに見向きもされなかった。子熊も驚いたのだろう、可哀想なことをした。母熊からのお礼参りはなかった。
 大きな深く重い給餌車。時折この中に熊が隠れていることがある。近づいていくと、熊もスリルを楽しんでいるかの如く飛び出すタイミングを図っているようである。びっくり箱のびっくり熊である。
 3年ほど前までは熊の入る日(私達は熊が出るのではなく、牛舎に入ると表現している)は、7月の最終日曜日と決まっていたものだが、最近は5月ゴールデンウィークからと早まっており、しかも皆勤賞である。
 こんな毎日がふんだんに盛り込まれた 【牛飼いの夏】 お楽しみください!

2015年度 岩手県芸術・美術選奨受賞
2016年  第64回地上文学賞受賞「山際」